SNSでゾロメ回だと覗き見していましたが、視聴後もなお、イチゴとゴローの関係が気になって仕方のないメモ用紙です。
前回の話は、ゴローの気づいた好きについての話でした。
グーテンベルグ級の応戦中、叫竜に捕えられたゴローを救い出すことに成功する13部隊。
救出されたゴローはイチゴに胸の内を明かし、晴れやかな表情で閉幕しました。
今回のダリフラ10話は主役が変わって、ゾロメ回になります。
積極性が強く、オトナへの強い憧れを露わにしていたゾロメが、遂にオトナとの邂逅を果たします。
物語を架けて語られるゾロメの夢と憧れについての解説と考察をメインに、ダーリン・イン・ザ・フランキス10話を振り返ってみましょう。
ゾロメの夢
夢の解釈
物語がはじまってすぐに、ゾロメの夢からはじまります。
「僕は暗闇の中にいて、遠く眩しい光を見て泣いている」
暗闇とは不吉であったり、不安であったり良くないもの。
或いは、無のメタファーだと思われます。
「その光はどんどん大きくなって最後に僕は光に包み込まれ、そして大きな叫び声をあげる」
どんどん大きくなって→包み込まれる。
という図から、大きくなって(=近づいて)と解釈し、声をあげる。
単純に考えれば、どうやら産声のようだと解釈することができます。
しかし、腑に落ちない点もあります。
文面の通りに紐解くならば、光は近づいていると解釈せず、光そのものが大きくなっていると捉えるべきです。
母体にいる状態で比喩表現的に「泣く」ことはできても、実際に泣くのは産まれたその瞬間な訳です。
「悲しいのか嬉しいのかわからないけど、とめどなく涙が溢れてくるんだ」
以上の台詞は物語後半に繋がっていて、物語後半部分で登場するオトナとの会話に於いて、似たような描写があるので、そちらにヒントが隠されていたように思います。
潰えてしまったゾロメの夢
「え・・・?」
出典:ダーリン・イン・ザ・フランキス/3月17日放送/TOKYO MX
どうもしないし、どこも痛まない。
なぜ泣いているのか自分でもわからないとゾロメが主張するシーンです。
「懐かしい気がして・・・そしたら」
という台詞の懐かしさという部分からも、旧知の何かであったり、両親というワードを連想することができます。
優しい何かに見守られているような感覚があったとゾロメは話しますが、それを否定するオトナ。
実際守っているのはゾロメたちで、私たちではないと否定します。
そしてこの夢の話を考察する上で重要なのは、この第10話全編を通した末に
「そして僕はもう、あの夢を見ることもなくなった」
というセリフをゾロメがモノローグで語ります。
これはきっと、オトナへの憧れ(=夢)だったのではないでしょうか。
オトナへの憧れとは、ゾロメの抱いていた「ずっと見ていてくれてる、優しく守ってくれるような」という漠然とした感覚であり、夢のなかで包み込まれた光そのものだった訳です。
しかし、その憧れの対象であるオトナから「漠然とした感覚」を否定されてしまうことで、夢を見なくなったのではないでしょうか。
オトナの生き方、ゼロツーの状態
オトナの価値観
オトナという存在は、前半のAPEのやり取りを見てもわかる通り、13部隊とはどうやら違う。
というよりは、13部隊がどうやら異質なようです。
個性を持ち、不安定で不確定な側面が異質という理由だとAPEは述べています。
その対比になるような形で、後半のゾロメとオトナの会話が成り立っています。
オトナにとって、会話という情報の共有とコミュニケーションは既に必要性を欠いていました。
嗜好品を味わうよりも遥かに簡潔に、幸福を電気信号として脳に与えられる環境も備わっています。
ゾロメは骨身で感じてきた感動を語り、オトナは必要かそうでないかでカテゴライズしています。
獣化するゼロツー
元ナインズというのは、恐らくcode:001~code:009のことではないでしょうか。
都市に入る際に検査を受けるか、という内容のやり取りがあります。
物語のラストシーン、口をあけたゼロツーにて閉幕します。
出典:ダーリン・イン・ザ・フランキス/3月17日放送/TOKYO MX
ヒロの渡した鏡というガジェットが効いています。
牙がスタンピード時と同様の形状をしているにも関わらず、いたって平常心を保てている。
検査とは、この獣化に関する検査だったのだろうと推察できます。
叫竜化の進行が引き起こすのは、スタンピード状態やツノの金具が取れた状態など。
より獰猛で本能的なモーションを取るようになり、制御が効きにくい状態だと推察できます。
では、何をきっかけに獣化しているのか?
というのが、今後のポイントになると思われます。
ダーリン・イン・ザ・フランキス10話の感想
かなりSFよりにシフトしてきた印象を抱き、またまた同社別作品を連想してしまいました。
そう、カバーズですね!
無星(個性のない面)と星のある(有個性者たち)のあの作品です。
しかし、ゾロメの治癒にペット用の設定が効くというのは色々な意味で疑問が残ります。
ペット、言い換えれば趣味や嗜好という次元から脱却し、より簡潔な幸福を得られるにも関わらず、飼育という概念が残り、その治癒まで可能なメディカルチェッカーの存在。
色々と矛盾しているのか、或いはこの疑問が晴れることがあるのでしょうか。
今後の展開に目が離せません。
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